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完璧をやめる
(2009/08/17 公開) 【ストレス防御!】
何からはじめていいのか?何をすべきなのか?・・・それが分からないと動き出せない局面というのは、たくさんあります。たいていの場合は戦略を練り上げます。そして計画を立てていくというのが物事を始めるために大事なこととされています。まぁ、実際にその通りだと思います。
ただ、「完璧」を意識しすぎたために動き出せないのだとしたら、そんな「完璧」は捨ててしまった方がいいんじゃないかと思います。どうせできないなら「完璧」なんて無駄なコトを考えるのをやめちゃいましょう。
「完璧かどうか?」という基準で考えた場合、答えは「1(アリ)」か「0(ナシ)」かのどちらかになると思います。いきなり「1(アリ)」を狙えないからといって、「0(何もしない)」というのはバカげているような気がします。まずは何かを始めてみること。それがバカバカしいと笑われたとしても、気にしないでとにかく動いてみること。
まずは動き始めてみて様子を見ながらまた変えていく。とにかく小さなコトでも、地道に積み重ねていくコトが大切なのかも知れません。たまに大きく動かないといけない時もあるかも知れませんが、思いきって動くための最大のエネルギー源は「机上の空論の積み重ね」ではなく「切れば血が出るような経験の積み重ね」なのかも知れません。
私は一度、富士山に登ったことがあります。残念ながら「私に山登りは向いていないな・・・」と実感した体験となりましたが、何が辛かった原因なのかと言えば、常に頂上を見て登っていたことかもしれません。
どれだけ登っても登っても一向に近づく気配を見せない富士山の頂上。頂上まで一直線で登りたいくらいの気持ちに反して、全く無駄にも思えるくらいに大きく迂回した登山道。それを進むことは私にとって大きな苦痛でした。頂上が見えるのなら一気にそこまで到達してしまいたいんですね。
今にして考えてみれば「頂上に登る」ことだけを目標にしていたのが間違いだったかも知れません。これが仮に「登る楽しみを発見する」という目標で登っていたとしたら結果は違っていたかも知れません。そもそも「頂上に登る」という目標自体にすら、ポジティブなイメージを持っていなかったんですね。そんな状況で楽しいワケがないんです。半ば私にとって登山は「実施すべき作業」になっていたワケですから。
「苦しくても苦しくてもがんばる」という姿勢は「すべらく!」スタイルではありません。そうじゃなくて、どうやったら過程が楽しくなるのか愚鈍なほどまでに考える姿勢が「すべらく!」スタイルです。目指すべき「目標」とそのための「手段」を取り違えてでも楽しんでいきたいなと思っています。
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