新しい習慣を創造するということ

驚くほどに自分のPCを使わなくなった

独立して仕事をしていた頃は、自分のPCは公私にわたって使うものでした。だから、PCに触れない日はなかったわけです。しかし、これが会社員に戻って、勤務用に使うためのPCが貸与され、かつ、仕事の時間以外に使えないことが当たり前になってくると、自分のPCを利用する機会が激減しました。

つまり、PCを使うためには、相当意識しなければ開くこともなくなってきたのです。だから、PCを開くと、その瞬間にアンチウィルスソフトがアップデート警告を出したり、Windowsアップデートが連続して攻めてきたりするわけです。さらに言えば、メーラーを起動すると数週間分のメールをまとめて受信しに行って戻ってこなくなります。

※もっとも、メールはスマートフォンやタブレットで読めるようにしているので、あくまでもバックアップ用途として取り込んでいるのですが。

つまり、何が言いたいのかというと、PCを開かないのでPCを使って文章を書かなくなり、それが遠因でブログも書けないという言い訳です。こんな誰も読まないかもしれないクソブログの更新なんてどうでもいい……というのはよく分かっているのですが、私にとっては「ブログを続けてみよう」というのが一つのテーマなのです。なので、もうちょっと書いてみます。

たかがブログでも鋼鉄の習慣が必要

誰に強要されているわけでもないのですが、どうして、このブログを継続することにこだわるのかといえば、それは「何か一つのことを決めて継続する」ということが、何かを実現するにあたって、最低限のルールだからです。もっと言ってしまえば、そんなことも続けられなくて何を実現しようというのだ……ということです。

で、大事なことは「それを自分ができていない」という事実。これは考えようによっては財産なのです。「できている人」が「できている」のは当然です。「仮に過去にできなかった人が、いろんな努力でできるようになった。」というのは素敵な話ですが、それは所詮過去の話です。できるようになった人にとってできるのは当たり前なのです。

でも、私は「できていない人」とか「できていない時」ということにこだわりたいのです。できていない人が等身大でできるようになるためにあがく。あがいてカッコ悪いところをさらけ出し、それでもできなくて醜態をさらすかも知れない。それでも諦めずに、「できない人」が「できる姿」を目指す。そこで得られた知見を世の中に残すこと。それが私のなすべき使命だと思っています。

ブログ更新のための習慣をどうするか

習慣づけにはいろんな選択肢があります。今回のテーマの場合、「自宅でPCに触らなくなった」だから「結果としてブログも書かなくなってしまった」という因果関係を挙げています。しかし、ここにはいろんな要因が渦巻いています。ブレーンストーミングのようにとにかく思いつく要因をわーっと書き連ねてみます。

  • PCを開かなくなったのでブログを書く機会を失っている
  • ブログを書こうとする意思自体が薄弱である
  • 文字入力をするにおいてはスマホよりPCの方が早い
  • まとまった時間がないと書けない(か、気分が乗らない)
  • ブログを書くことよりも優先順位の高いことが多数ある
  • 時間がかかることに力を使いたくない

うーん、ほとんどが「言い訳」です。正直なところ「意志薄弱」というのが全ての根幹をなしていると言ってもいい。しかし、意志薄弱な人がどうやって変わっていくのか、変わっていけるのかというメソッドを考えるのが趣旨なので、それでいいとも思っています。「やろうと思った人はやっぱりできるんだよ」という結論では何にも面白くないのです。それなら書かない。

自分のことは自分に叩いてもらう

そこで、先ほど列挙した要因について、別の自分にツッコミを入れてもらいます。というか、先ほどの自分にツッコミを入れる自分というのがしっくりきます。さて、さっきの自分を辛口意見でやっつけます。

  • いやいや、まずはPCを開くことを習慣にした方がいいんじゃないの?
  • ブログを書いて何をしたいんだってことをもう一回考えてみたら?
  • PCよりもスマホの方が早く入力できそうな工夫って本当にないの?
  • まとまった時間がないと本当に書けないの?細切れではだめなの?
  • ブログの更新が優先度の低いっていうのならやめることも考えたら?
  • どうしても時間をかけなくちゃいけないわけ?ブログってそんなもの?

誰に相談するわけでなくても、自分でそれなりに回答を持っていることに気づきます。実はどれもやろうと思えばできそうなのに、それでもできないのです。この中で私が一番気になるのは「どうしても時間をかけなくちゃできないわけ?」という自問自答です。「時間がかかるから、時間がない時にはできない。」というのは解決に近いアプローチのような気がします。

なぜなら、どんな工夫をするにしても「時間」は必ず消費してしまうものです。「時間がかかるから時間をかけられない」というのは、もっともそうにみえて、大きな矛盾を抱えています。何もしなければ時間は消費されないわけではなく、何もしなかったという事実が積み残されたまま時間は消費されていくのです。何の投資効果もない時間が浪費されます。

これから、このテーマについて書いていこうと思います。一回で書き切れるものでもなければ、一回で問題が解決するようにも思えないからです。もちろん時間をかければいいというわけではないのですが、試行錯誤をするにはそれなりに時間も必要です。それでは実験の開始です。

 

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