模倣と自分らしさと

Kindleで「仕事は楽しいかね?」という本を読み始めています。

人生の明確な目標設定に疑問符を投げかけるスパイシーな内容です。また、成功者を追従する方法で成功なんてするはずがないと喝破します。頭からその通りと思うわけではありませんが、ちょっと考えさせられます。

「みんな、人生のある時点で仕事に対する目標を変えた人たちだ」

という書き出しの後、「もし、彼らが昔の夢に固執していたら」……に続くいくつかの例の中の一行。

「ボリス・エリツィンは、建築工事の現場監督をしていただろう。」

これは、誰もが知っている、ロシア前大統領のことですね。エリツィンが昔の夢を実現させていたとしたら、歴史に名が残る大統領はロシアの中に埋もれていたはずです。

人生の明確な目標設定って、確かにアテにならないような気がします。流転し続けた結果、最終的によいところに収まったという話は山ほどあります。

実は、私も小学生だった頃、いつかはゲームを作る会社を作りたいと思っていました。でも、夢を抱いた時から現実の中ではどんどん時代が変化していきます。社会人になる頃には、ゲーム制作会社は驚くほど大規模な企業で作られるようになりました。

現在、個人レベルで製作できるスマホゲームにしても大量消費される資源でしかなくなりました。ある時点で抱いた目標は、時代の変化と共に変わっていくしかないのです。少なくともどうであれ、今の私が仕事にしたいと思えるほどゲーム作りは魅力的なものではなくなっていました。

「昔、日本各地で炭鉱が盛んだった」という話を聞いて、これから炭鉱事業を始めようとする人がいないのと同じです。だから明確な人生プランを作ることって難しいですよね。

また、成功者の後ろを追従して成功できるはずがないというのも理解できる話です。つまり、お手本になる人の行動を真似る人はごまんといるわけです。真似る人同士が競合する中で、頭ひとつ抜け出ることは偏差値競争よろしく激戦区になることは間違いありません。だから、独自性で勝負することが重要なのだと。

ただ、この内容はいくつかある選択肢の内のひとつであることは間違いありません。ビジネスを成功させるために、成功事例を研究してそこから模倣すればよい……という話はよく聞きます。一番手よりも、一番手を研究して追撃した二番手の方が勝率が高いという戦略上の選択肢もあります。

また、「守破離」という言葉もあります。技術を身につけるためには、まずは型を守って、次にそれを破り改良し、最後にはそこから離れて自分のオリジナルにする。人間が学ぶ過程では「まなぶ=まねぶ」というように、マネから入ることは非常に自然なことでもあるわけです。

私なりの解釈では、「モノマネからどれくらい早く離脱できるか」ということと「テンプレートを頭から使うのではなく、常に自分自身で思考することを諦めない」ということを述べているんだろうなと思います。自分なりの価値観と思いをどれくらい詰め込んで仕事をしていけるのかという話のように感じています。

実は、まだ現時点でこの本を読み終わっていないのです。目次からすると、そろそろ終わりに近づいているはずですが、私にとってはなかなか盛り上がった内容で、もう終わりなのか……という気分です。頭の中で考えるきっかけをくれる本というのはありがたいものです。

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